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第四十三話 再び繋がる朝

Auteur: 月歌
last update Dernière mise à jour: 2025-03-28 11:00:00

◆◆◆◆◆

窓の外は、まだ夜の気配を残していたが、東の空がわずかに白み始めていた。

ロレンツォ伯の屋敷にある小さな客間では、三人が仮眠を取っていた。

毛布をかけた椅子とクッションを並べた簡素な寝床。火の落ちた暖炉が、ひんやりとした空気を室内に呼び込んでいる。

その一角で、コナリーは静かに目を覚ました。

彼の胸元には、遥が寄り添うようにくっついて眠っていた。無防備な寝顔で、ぎゅっとコナリーの服を握るその姿に、自然と表情がほころぶ。

(……愛おしい)

胸の奥に芽生えたその感情を静かに抱きながらも、コナリーは遥の髪をそっとなでた。

「……遥、そろそろ起きてください」

優しい声に、遥が目をぱちぱちと開けた。

「……ん……コナリー……?」

状況を思い出したのか、遥は飛び起きる。

「うわっ、ご、ごめん!」

「お気になさらず。ぐっすり眠っていたようでしたから」

遥は耳まで赤くしながらも、ふとコナリーの右手に目を留める。

「……ねえ、昨日の戦い。手、大丈夫だった?」

コナリーは少しだけ間を置き、静かに頷いた。

「問題はありません。けれど……かつてほど自在には動かせません。魔王討伐の終盤、王太子殿下の命で石化した魔王の体を拳で砕き続けた代償です。関節を痛め、今も強く握るのは難しい」

遥はその言葉に、胸が痛むのを感じた。

あのとき、自分が癒そうとしても――聖女の力が失われて、最後まで癒すことができ

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